『木に、第二の生を。』
神戸、竹中大工道具館。 「木の生命、かたちへ ―ジョージ・ナカシマと職人たち」展に行ってきた。
竹中不道具館には、これで5回目?もっとかな?何時間いてもワクワクしてしまう僕のテーマパーク的な存在がこの場所。
今回も行ってよかった。 一枚板と、椅子と、道具。 ただそれだけの展示室で、しばらく動けなかった(笑)
木の家をつくる会社を預かる身として、 背筋が伸びる思いでした。
併せて、新モデルを建築しているこのタイミングが良かった。
ジョージ・ナカシマの家具には、節がある。割れがある。普通なら、隠す。削る。捨てる。 がしかし、彼はそれを主役にしてしまう。
割れには、蝶のかたちの契り。 傷を消すのではない。 傷ごと、その木が生きてきた証として残す。
一本の木と、どれだけ真剣に向き合えば、ここまで辿り着けるのか。 正直、圧倒された。
前にも紹介しましたが、ひだまりほーむにも、大切にしている言葉が、経営計画書に記されている。
今回のひだまりほーむの新モデルハウス建設でも、大切にされている思いが、
「素のままの素材をただの材料とはせずに、個性や特性、背景に心を寄せ、素材に敬意を払い、最大限に活かす」
ということ。
今回の展示を見ながら、この一文が何度も頭に浮かんだ。 僕らが目指してきたものの、遥か先。 その到達点を、見せてもらった気がした。
点と点がつながる感覚を覚えます
彼は、木を植生の段階から理解しようとしたという。
どこで育ち、どんな風を受け、どんな時間を生きてきたのか。
その上で、どこを切り、どう取るかを決める。 そして、家具として「第二の生」を与える。
木は、伐られて終わりではない。 もう一度、生き始める。とは、彼の言葉であり、思い。
僕らの原点は、製材所。 昭和3年、郡上白鳥。
丸太を前に、この木をどう活かすか。 その問いに、僕らはどこまで真剣に向き合えているだろうか? 展示室で、自分に問い直した。
最後のひとかけらまで、使い切る。 そして、長く使う。
使い切るとは、使い継ぐこと。彼の家具は、時を経て古びるのではなく、深まる。
僕らが「経年美化」という言葉に込めてきた想い。 その本物の姿が、そこにあった。
この展覧会のもうひとつの主役が、香川の桜製作所。
60年以上、日本で唯一ジョージ・ナカシマの家具をつくり続ける職人たち。
思想は、手がなければかたちにならない。 受け継ぐ人がいなければ、残らない。
彼の思想が今も生きているのは、彼らの手があるからだ。
第45期、僕らは「クラフトマンシップ」を旗印に掲げた。
ひだまり匠の会の職人の手に、光を当てる。 桜製作所の仕事ぶりは、その道の先にある、目指すべき姿そのものだった。
木の声を聴いて、かたちを決める。 ジョージ・ナカシマの家具づくりから、その姿勢を教わった。
僕らの家づくりで言えば、 「家に暮らしを合わすのではなく、暮らしに家を合わす」。
木の声を聴く。 暮らしの声を聴く。 まだまだ、学ぶことばかりだ。
素材への敬意。 使い切る覚悟。 受け継ぐ手。
この三つを胸に刻んで、また明日から木と向き合おう。 神戸の一日は、そう決意させてくれた。
関西にお出かけの際には、ぜひ、竹中道具館へどうぞ!
