『謙虚という稲穂』 |新着情報|ウッディライフ

『謙虚という稲穂』

『謙虚という稲穂』 | 社長コラム「一期一会」

朝、愛犬つきとの散歩道。
いつもの田んぼの脇を通ると、稲穂に朝露がびっしりとついていた。
まだ緑がかった穂先が、露の重みと、実りの重みとで、静かに垂れている。
つきが立ち止まって匂いを嗅ぐそばで、私もしゃがみ込んで、しばらくその穂を眺めていた。
夏の間、まっすぐ空に向かって伸びていた稲が、実をつけるほどに、頭を下げていく。
実るほど、頭を垂れる稲穂かな。
昔から言われてきた、この言葉の通りだ。

人間は、放っておくと傲慢になる。
おごり、自分勝手になっていく。
これは誰の中にもある性質だと思う。私自身、常に気をつけていないと、ついついそうなってしまう。
がしかし、今の世の中を見渡すと、この傾向があまりにも強い。
自分さえ良ければいい。
今さえ良ければいい。
そういう空気が、あちこちに漂っている。

我々は、誰か一人で生きているわけではない。
誰かと誰かで、支え合って生きている。
何かを、誰かにしてもらっているから、今の自分がある。
そのことを本当に理解すれば、自然と感謝が生まれる。

そして、感謝があれば、謙虚さが生まれる。
これは、仕事においても同じだと思う。
私たちは、木という自然の恵みをいただいて、家をつくっている。
森があり、木を育てる人がいて、それを製材する職人がいて、はじめて一棟の家が建つ。
大工を始めとする、匠の会の職人たちの手があってこそ、私たちの家づくりは成り立っている。
営業がいて、設計がいて、工事がいて、それぞれが役割を果たることで成り立っている。
そして何より、お客様に選んでいただいて、はじめて仕事が生まれる。
自分たちの力だけで、何かを成し遂げているわけではない。
たくさんの手を借りて、たくさんの支えがあって、今の私たちがある。
その事実を忘れた瞬間から、仕事は驕りに変わる。

稲は、実るほどに頭を下げる。
会社も、人も、本来はそうあるべきなのだろう。
得るものが増えるほど、任される仕事が大きくなるほど、頭は低くなっていく。
それが、自然の摂理であり、道理。
朝の散歩道で、つきと一緒に見た、あの露に濡れた稲穂を思い出しながら。
常に謙虚な気持ちを忘れずに、お客様に、職人に、仲間に、感謝しながら仕事をしていきたい。
それが、今この時代に、私たちが一番大事にすべきことだと思う。